山田ルイ53世「社会は美談の着地しか咀嚼できなくなった」

なんかもう色々面倒くさいので今日は仕事は一旦やめである。Youtubeを半ば習慣的に開くと偶々かリコメンドシステムのおかげか、山田ルイ53世の動画がサジェストされた。

久々に自分の気持ちをしっかりと表現した言葉だったので忘れないようにメモしておく。

動画は、山田ルイ53世さんのインタビューで、彼の影響を受けた本を元に、人生観を語るものであった。私は彼のように大変な人生を送ってきてないけど、私なりに泥水すすったり、10年以上前に全く動けない日々もあったり、今もその延長であったりするわけで、彼の言葉はまさに自分の気持ちを正しく伝える良い言葉だったと思っている。

詳しい内容は動画で語られてるし以下はただの私の思ってること。動画の内容と乖離すると思うし私の人生観は浅いけど、メモ程度に書いておく。

私は結婚もしてるし猫もいるし、一応は仕事もしてるし、世間的に見れば幸せなんだと思う。私もそう思う。あとは子供が出来たらいいなとか、PIになれたらいいなとか、またコミケに出たいなとか、そんな感じ。目標とか高尚なものでは無くて、人生の中でそう言うのがあってほしいという感じ、なんとか生き延びたい、に近いのか。

ただ、仕事とか、一生懸命にやりたいこととか、ずっと上手く行かないし、上にも書いたとおり、全く動けなくなった時期があった。本当にしんどいときって、動けなくなるんやなぁというどん底感というか、そういう時期があった。

あのとき、私自身も若かったから、美化したがってたんだよね。アレがあったから、今の素敵な日々があるんだなんて、まるで青春系アニメの主人公のようにいつか思えるように、そう思っていた時期が私にもあった。なんでだろうね。損をしたくないのか、他人を見返したいのか、わからない。でも、そんなふうに思ってた。結果として、無駄な時間だったと思っているし、無能を救うための慰めにしかなっていなかったと思う。

私自身、青春系アニメとか、キラキラ系のテレビ番組とか、キラキラ系研究者とか、楽しそうな人とか、見るのが未だに嫌である。その人が嫌いとかじゃ無いんだけど、もっと人生は泥臭いもので、クソつまらないものなのだと今でも思っている(そんな自分に酔っているのかもしれない)。

だから、未だに研究が好きな人は理解ができないし、音楽が好きな人も理解できない。本当に全て辛い作業。本当に辛いけど、案外誰にも理解して貰えないし、そんなことは学生に言ってはならないのだ。誰もドクターに来なくなるw

あの経験はきっと生きるよ、そんなことを言われることもあったが、無責任やと一蹴するのは失礼なのだろうか。

なんか上澄みだけをすすって生きてないっすか?あなたが今簡単にこなしていることは、誰かが血反吐を吐いて泥水をすすって、そんな生き方をして得られた結果に過ぎないのでは。そんなことを思ったりする。都合がいい人というか、単純な人というか、素直な人というか。幸せに生きられる人はそんな感じ。(また別に書きたいが、私は、世間一般的に頭がいい人は素直な人だと思っている。何でも素直に受け止められる人は頭が良い。)

何とか自分を納得させるために、この泥臭い作業には意義があるのだとか、ちょっと我慢したら将来報われるとか、どうしてもそう言う美談にしたがる。

今は、本当はもっと汚いものなのだと思いながら生きているし、私はそれでいいと思うようになった。彼が、私が思うことを「社会は美談の着地しか咀嚼できなくなった」と言っているのかは???であるけど、自分の人生観と照らし合わせたときに、共感するところがあった。

普段共感することなんて殆ど無いので、メモとして残しておく。


今日の一言:

PI的には金かけて雇ってるのに何で外で仕事するのだし、私たちとしても、PIを裏切っている気もするので気持ち的に摩耗するし、かといって誘ってくださる分担者とか、自分の仕事を続けたいとか、色々ある。20%とかいうクソしょうもない時間しか割いちゃダメと言われるし、なんなんだこれ。私らなんか、深夜でも構わずにタダ働きするんだから、業務時間100%雇用で、残業時間100%でその他の仕事でええやん。そもそも就労規則もあって無いようなもんなんだから、なんでここで人間関係も怪しくするような謎制度を設けるんやろね。考えた人が相当に正確が悪い御仁なのかと疑わずにはいられない。申し訳ないが、昔よりも遥かに色々しんどいんじゃないすかね。PIから若手まで誰も得しない、お互いに潰し合わせたいのか。